Nakane Motors / Restore メルセデス・ベンツ220の復元工程

2012年5月現在、駄知旧車館で最も年式の古い展示車であるメルセデス・ベンツ220のレストア工程を披露します。

まずは、こんな状態で当社に三重県は伊勢市より入庫しました。品川33ナンバーでしたので、かつての所有者が首都中心部にご在住であったことがわかります。

P7290038-tile1.jpg新車当時は「超高級車」であったに違いない堂々たる存在感。きっと豪邸が楽に建てられるくらいの値札がついていたはずですが、60年近い歳月を経たことと、長期にわたって放置されていたようで、さすがにいたるところが傷み、腐食もひどい状態です。写真からもバンパーの一部やディレクション・インジケーター・レンズなど、欠品している部品があり、マフラーはワイヤーで脱落するのをとめてあるのがわかります。後述しますが、このリヤマフラーの奥に最大の腐食部分が隠されています。

 

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さらに下回りやエンジンルームを確認すると、マフラーの太鼓が見事にぱっくり口を開け、鉄という鉄がいたるところ腐食しており、60年の年月を感じざるを得ません。しかし、さすがは超高級車。当時の国産車とはお金のかけかたが段違いで、各部品がしっかりしているのには感心しました。これまでのメンテナンスや保管状況は幸い良好であったことが伺えます。

 

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ブレーキ周りを分解してみると、ホイールシリンダのシールがNGです。この後ブレーキホースも目詰まりしていることがわかりましたが、こちらは湯かんにして少しずつワイヤーを通すことで何とか用を足すまでに復活しました。フルレストアではたくさんの部品を取り外して長期間保管しなければならないので、仕分け用の箱などがたくさん要ります。

 

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エンジン回りのグロテスクな腐食状況は、ご覧いただいても気持ちの良いものではありませんので少々端折りまして、比較的美しいラジエータまわりをご覧に入れましょう。通常冷却液(LLC)にはさまざまな添加剤が入っており、その中には腐食を防止する成分のあるのですが、当然この年式になれば穴が開いているのは「想定内」です。コア部分を修理できる専門の業者を探して委託することになりました。メッキ部品は錆を取り、穴が開いている部分には肉盛して磨いておきます。この年代はうっとりするほどメッキパーツがふんだんに使われているので、大変ですがその分やりがいもあります。

 

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内装は一口に言って全面改装を必要とするレベルで、なかなか手ごわそうです。それをはがしていくと、見事な錆具合!幸いフロアは大部分穴があくまでには至っていませんが、全面的な補修が必要です。

 

 

P1060706.JPGインパネ周りです。メッキのベゼルが高級車であることを静かに語っています。真空管ラジオやヒーターは当時最高級車にだけ許されたアメニティー装備でした。しかし、すべてがくすんでしまい、かつての輝きを失っています。 

 

 

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キャビンとシャシを分離します。この当時、まだモノコック構造はありませんので、商用車のように梯子型のフレームの上にキャビンが載っている構造です。それにしてもごついラダー・フレームです。しかも単純な直線ではなく、キャビンとの整合性や衝突時に上手く歪んでエネルギーを吸収するよう、非常に複雑な曲線を描いています。断面は長円形をしていて、相当な強度がありそうです。シート、ハンドル、ペダルあたりを付ければ、このまま運転できそうです。

 

PA040005-tile-horz.jpg ふんだんに使われているメッキパーツたち。大きいものはバンパーレールから、小さいものはドアノブやメーターのベゼルまで、すべて取り外して磨きます。腐食や穴を肉盛りして再度研磨し、メッキ工程にまわす準備をします。これらの輝きが元通りになれば、この時代のメルセデス・ベンツならではの高級感が蘇ってきます。

 

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いよいよシャシの分解に移ります。現代の車よりずっと単純な構造ではありますが、とはいえブレーキライン、フューエルライン、電気配線、サスペンション各部、エンジンの補機類など、たくさんのパーツを外さなければなりません。地道な作業を徹底的に行います。

 

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2.2L直列6気筒エンジン、リヤアクスル、サスペンション各部を取り外していきます。ドライブシャフトブーツがパックリ割れているのが見えます。金属などの無機物は何とかなりますが、ラバー関係、樹脂関係はパーツが手に入らない場合、現在入手できるさまざまな部品を改造、流用するなどの「勘考」が必要になります。このあたり、旧車レストアでは避けて通れないところで、ノウハウやパーツのネットワークの蓄積が必要です。

  

P1060679a-tile.jpgシャシだけになったところで、腐食をけがき、溶接、肉盛り等の処理を経て、下塗り(サーフェイサー塗装)します。完成すると見えなくなってしまうところですが、これをきちんと処理しておかないと、腐食の進行を食い止めることができず、後々悔いが残ることになりますので手は抜けません。下地が完成したら、すみずみまでペイントがいきわたるよう、ペイントブース内にワイヤーで吊るして塗装した後、ブースの温度を上げて焼き付けます。

 

 

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ブレーキマスターシリンダーを分解します。当然ラバーシールやカップなどが劣化して交換を要します。概略を採寸して入手可能なパーツを探します。レストアはこうした根気勝負の仕事の積み重ねです。海外のサイトなどもあたってようやく見つけ出すこともあれば、運よく国内で見つかる場合もあります。苦労すればするほど探し出したときの喜びも大きなものがあります。こちらのパーツは運よく国内でジャストサイズを見つけることができました。

 

 

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現代のクルマよりかなり単純な構造とはいえ、内燃機の基本構造はかわりません。すなわち、燃料系、冷却系、吸排気系、電気系の各種配管・配線があり、最新のクルマよりシステマティックなハーネス&コネクターがなかったため、複雑な取り回しになっていたりします。これを分解していくと、腐食も手伝ってまるで、お化け屋敷のような様相を呈してきます。これをきちんとタグ付け、記録しておかないと、元通りにならなかったり、場合によっては将来火災の危険をはらむこともあり得ます。クルマは今も昔も引火物を積んだ可燃物で、電気スパークでいつでも燃える危険があることを忘れるわけにはいきません。

  

 

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この年代には樹脂製のフェンダーアーチライナーなど当然存在しておらず、せいぜいストーンチップ塗装による防錆処理であることを考えれば、フェンダー周りの水がたまりやすい部分は、確実に重度の腐食をしています。右Aピラー(キャビンのルーフをささえる最も前にある柱)の付け根はひどい腐食で、基台のチャネルと見事に乖離していました。このチャネルは新しく平板から作り、腐食部分を切除して溶接することで元通りとなりました。ピラーの下部も大部分切除して接続部分を作り直しです。モノコック構造が標準となった現代の乗用車では考えられないディテールですが、強固なシャシにすえつけられて、剛性に貢献する必要のないキャビンならではの収まりです。

 

 

P1060813-tile.jpg最大の腐食場所は、通常見えない場所、リヤバンパーの裏側、テールエンドのパネルにありました。バンパーステーの貫通穴などを経由して水が溜まっていたのだろうと思われます。こちらも当然大部分切除し、新しく平板を叩いてパネルを作り、つなぐことになりました。外観はシンプルですが、内部は意外に複雑な形状をしているのが画像からおわかりいただけるでしょうか。いずれ見えなくなる場所ではありますが、このあたりもきっちり仕上げるところが、匠のこだわりです。

 

 

P1060832-tile.jpg全体の腐食を切除し、パテ砥ぎによる下地をきっちり平滑に仕上げた上、キャビンとシャシをドッキングして防錆下地塗装の準備に入ります。組み付けた後塗装するのは、塗装後の組み立て時に発生しうる微小な傷により、防錆性能が低下するのを回避するためですが、ペイント不要な部分にペイントミストが入り込まないように、丁寧にマスキング処理をしておきます。

  

 

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いよいよ上塗りの工程に入ります。オリジナルはブラックですが、研修・デモ用作品の場合、製作スタッフと役員が相談して好みの色を塗れることになっています。今回は現代のボルボ車に採用されている濃紺のメタリック、マジックブルーメタリック(467)でいくことになりました。高級サルーンにふさわしい格調と気品にあふれ、光の状態により黒や紫に見えるというまさにマジックなカラーです。

もちろんフルレストア・全塗装ですので、ドアやボンネットを開けても色替えした痕跡は全く残りません。

  

 

P1060863-tile.jpgつづいて、ドア、ボンネット、フェンダーも同様にペイントブースで塗装します。ブローサムのペイントブースは断熱性に優れ、優秀なフィルターを経由したクリーンな80度の熱風を、40分間にわたり上から下へ循環送風することにより、低燃費で高効率な焼付け塗装が可能です。最後にクリアのトップコートを現代の欧州車同様の塗膜厚で吹いて、まばゆいばかりの光沢と、高い耐候性を実現します。

  

 

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ブースから出てきたら、洗浄・整備・塗装を施したエンジン、補機類、美しいメッキパーツを組み立てていきます。巨大なパズルの最後の数ピースをはめ込むとき、あるいは秀峰の頂きを極めようとするときに似た、えも言われぬ高揚感があるのが、この組み立て工程です。これまでの苦労が一気に報われるような気がします。

これまで一台のレストアが完成した時、必ず何らかの技術的発見、成長がもたらされてきましたが、このメルセデス・ベンツはそうした匠の技に磨きをかける上で、たくさんの教材を提供してくれました。

昭和30~40年代に、町中で普通に見かけたクルマたちを中心に収蔵する駄知旧車館の中では、例外的に超高級な収蔵作品となったのが、このメルセデス・ベンツ220です。

内装の格調高いメッキパーツやウッドパーツのしつらえは、あえてこのブログに掲載しません。ぜひ訪れていただき、現車をご確認いただければと思います。

 

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